ドイツで生まれた、日本の伝統工芸・有松鳴海絞りのブランド「suzusan」

名古屋市内を抜ける東海道沿いにたたずむ宿場町、有松・鳴海。この小さな町で400年以上の歴史を持つ「有松鳴海絞り」をご存じでしょうか?

有松鳴海絞りとは?

名古屋市緑区の有松・鳴海を中心に生産される、木綿地を糸で括るなどし、精緻で複雑な模様を染め出す「有松鳴海絞り」。江戸時代に、旧東海道を行き交う旅人の土産物として買い求め、その名を各地に広めました。

括る、縫う、すべての工程が本来分業制になっており、母から娘へ、父から息子へ受け継がれて来た絞りの技術で、最盛期には100種類以上の柄を生み出すまでになり、この小さな宿場町、有松・鳴海は1万人以上の職人でにぎわいました。こういった染色技術はアフリカ大陸、インド、南アメリカなど他の世界の地域でも行われていますが、ひとつの地域にこれだけの種類の技法が作られた例は他にありません。

しかし時代の流れとともにこの繊細な技術も衰退をたどり、今では職人が200人まで減少し、半分以上の文様がこの世から既に姿を消してしまいました。

ドイツで生まれた理由

有松鳴海絞りの技術を生かしながら、ドイツ・デュッセルドルフを拠点に展開するブランド「suzusan(スズサン)」。

クリエイティブ・ディレクターを務める村瀬 弘行さんは、有松の地で有松鳴海絞りを家業とする『鈴三商店』の5代目として誕生しました。しかし、子どもの頃から家業を継ぐ意識は全くなかったのだといいます。「ドイツの美術大学に進学し、アーティストになることを志していました。しかし、日本から距離をおいて見返したときに、家で営まれて来たものは世界的にみても類い稀な技術であることを改めて知るとともに、その伝統かがこのままでは無くなるであろう状況を目の当たりにし、独学で絞りをはじめ 2008 年にドイツで会社を設立しました。『鈴三商店』は製造の下請けだったところを、オリジナルブランド『suzusan』として展開をはじめました」。

伝統と現代を融合させる

もともと絞りは浴衣や着物などに使われていた技術でしたが、現代にあった商品に置き換えることを考え「日本の伝統技法を用いながら世界中のライフスタイルに合う商品を」というコンセプトのもとアルパカやカシミヤなど、これまで通常絞りには使われなかった素材を用いストールをファッションに、照明をインテリアの部門で展開を開始。

その後ファッションは既製服全般をローンチし、照明、ホームファブリックコレクションの3つのカテゴリーを展開しています。

現在では 23カ国で販売され、パリのレクレルール(Leclaireur)やミラノのビッフィ(Biffi)など世界的な有名店でsuzusanの商品が販売されるようになりました。またフランスを代表するオートクチュールメゾンから生地の依頼で製作したドレスはナタリー・ポートマンがレッドカーペットで着用したり、パリで開催されたポップアップストアではジュリエット・ビノシュからオーダーが来るなど、世界中のセレブリティなど多くの方から支持されています。

日常の中にある伝統工芸へと

そんな伝統文化を取り入れたsuzusanのアイテムは、日本らしい奥ゆかしさを保ちながらも、どこかモードな空気感をまとっています。いい意味での伝統工芸とのギャップが、見る人にインパクトを与えます。「有松の職人は絞りの高い技術力を見せたいという気持ちになってしまいますが、それでは実際に見にまとった時に大げさになってしまいます。自分では常に『風通しのいいデザイン』を心がけていますが、様々な地域の日常の風景に溶け込むデザインを絞りの稀有な技術を使い表現できたらと思っています」と村瀬さんはいいます。

こちらの照明は“手回し蜘蛛絞り”という技術をポリエステルの⽣地に取り付けたランプカバー。生地を絞って糸で括り、通常はその後染色しますが、染色はせずにプリーツ加工のように熱加工することで型を記憶させ、このような表情を作り出しています。形状記憶されているので、洗濯機で洗うことも可能というから驚きです。

「有松鳴海絞りの価値を1人でも多くの人に伝え、100年後にも人と技術を残していきたい」という村瀬さん。400年以上の歴史の中で、新たな分岐点を迎えようとしている有松鳴海絞り。これからどのような進化を遂げていくのか、目が離せません。

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