“何でもできる=最強”ではない?プロレスとブランディングの意外な共通点
2024年はNETFLIXドラマ「極悪女王」がスマッシュヒットし、一躍話題となりましたね。私も見ましたが、とても面白かったです。プロレスのリングは人生の縮図と称されることもあり、いつも驚きとカタルシスと感動を与えてくれます。
私はプロレスが好きで、仕事が終わったあと中継を見るのが日々の楽しみです。今日は皆さんへ一つエピソードをご紹介したいと思います。
挑戦の先に待ち受けていたもの
新日本プロレス若手のスターで、海野翔太という選手がいます。恵まれた体格で身体能力も申し分ない。父はレフェリー、師はジョン・モクスリー(元WWEのディーン・アンブローズ)という、業界のサラブレッドのような存在です。
そんな彼が先日、満を持して東京ドーム大会でベルトへの挑戦を表明しました。そのときの観客の反応は、なんとブーイングだったのです。
海野選手はベビーフェイス。入場で多くのファンとハイタッチし、歓声を集める彼がなぜブーイングされてしまったのでしょうか。対戦相手のSANADA選手が放った言葉がこちらです。
『お前の入場見てると、全員から好まれようとしてるのが凄い伝わってくる。それやるとな、全員から嫌われる可能性があるんだよ』
芸術は爆発だ!という言葉も今は昔、表現者も数字で評価される現代です。結果を出すために日々奔走するのは、ビジネスマンもレスラーもきっと同じでしょう。みんなに好かれようとするのは、果たしていけないことなのでしょうか。
売れるレスラーの秘訣とは
極悪女王に学ぶ
話をドラマ極悪女王に戻します。主人公のダンプ松本選手は、デビュー当初から売れっ子だったわけではありませんでした。身体能力が特段優れていたわけでもなく、類稀なヴィジュアルを持って生まれたわけでもなく、どちらかというと「持たざる者」でした。
アイドルレスラーに憧れて全女の門を叩いた彼女でしたが、待っていたのはきつい練習、いじめ、出世していく同期たちへの嫉妬、そして長らく続く父のDVを発端とする家庭の崩壊…。
極悪女王の見どころ、松本香がダンプ松本になる瞬間、彼女は溜まりに溜まった怒りの感情を爆発させます。その爆発こそが、彼女を恐怖のトップレスラーにのし上げたのです。予測不能なファイトに観客は恐れおののき、リングに大きなうねりがもたらされました。持たざるものが最大の武器を手にした瞬間です。
トップ選手で「何でもできる」人は意外に少ない
こうしてダンプ松本選手は一躍トップに登りつめ、TVにCMに引っ張りだことなりましたが、一方で試合では正統派のレスリングは見せませんでした。
マット界を見渡してみると、トップ選手で万能タイプな人はあまり見かけません。メディアで知名度の高い長州力さんや、真壁刀義選手もいわゆる「試合で何でもやるタイプ」ではありません。ただ彼らはプロですので、決してできないわけではないと考えられます。あえてやらないことで自身のブランドを作り上げている、というほうが有力ではないでしょうか。
取捨選択が、ブランディングの鍵を握る?
ブランディングでも同じことが言えそうです。
マーケティング用語で「Point of X(POX)」という概念があります。競合との差別化を図るうえで、差別化要素、同質化要素、捨てる要素をそれぞれ整理するための考え方です。
身近な例としてiPhoneを題材にして考えてみます。世界の中でも日本はiPhoneのシェア率が高く、約70%とも言われます。洗練されたデザインと直感的な操作で人気を博していることはもはや言うまでもありませんが、改めてPoXにまとめると下記のように表現できそうです。
Point of Difference(PoD):差別化要素
他との差別化になる点です。iPhoneの場合はやはり、「完成されたプロダクトデザイン」「直感的な操作のiOS」でしょうか。「Retinaディスプレイ」なども該当しそうです。
Point of Parity(PoP):同質化要素
他との差別化にはならないが、この機能がなくては話にならないという項目です。この場合、「通話機能、アプリストア、Webブラウザ」などが該当します。
Point of Failure(PoF):捨てる要素
一方でiPhoneにはできないことも多数あります。ストアを介さない所謂「野良アプリ」は使えませんし、ワンセグや画面内指紋認証もありません。Bluetoothでのファイル共有も使えません(代わりにAirDropが使えます)。
これについては、昔からAppleは他社ベンダーの製品と距離をおく傾向があり(LightningやThunderbolt規格などもそうですね)失敗することもあるが、あえて独自路線を貫くことでブランド力を高めていると言えるでしょう。
“やらない”ブランディング
やること、そしてあえてやらないことを選び取る。やらないことを選ぶのは、勇気のいることかもしれません。でも、iPhoneが今さらワンセグに対応したら、極悪同盟がいきなり真面目に試合をしだしたら…きっとお客さんに幻滅されてしまうことでしょう。
話を海野選手に戻します。彼はもしかしたら、何もかもを持ちすぎているのかもしれません。花形ベビーフェイスであること、二世であること、有名選手の弟子であること、ファンサービスが手厚いこと、そして大舞台でベルトに挑戦できるツキのよさ。
自身の見せ方を取捨選択して、彼自身が持つコアの部分を燃え上がらせることができたら、ダンプ松本にも負けない大爆発が起きるのかもしれません。