ユベントスFC、イタリアの貴婦人、新たなフィールドでの逆襲。
なぜ伝統のエンブレムを捨て、ロゴマークを選択したのか?
今日は皆さん、既にご存知で、1日に3回くらいは考えられていると思う、ユベントスFCのロゴマークの変更について話をさせていただきます。ユベントスFCはイタリアのプロサッカーリーグセリエAに所属する強豪のサッカークラブです。イタリアの貴婦人と呼ばれ、ホームタウンであるトリノではもちろん、地元びいきが強いイタリアにありながらイタリア中から愛されており、世界中で最も人気のあるサッカークラブの一つと言えます。
そんなユベントスFCに2018年に大きな動きがありました。それはクラブの象徴ともいえるエンブレムを捨て、新たなロゴマークに刷新したのです。これは、サッカー界にしっかりとしたブランディングの意識が持ちこまれた瞬間ともいえ、世界的にもそのユベントスFCのブランディング戦略を追いかける流れがきています。
強豪サッカークラブであるユベントスFCがロゴマークを刷新する必要性とはなんだったのでしょうか。まずは、そもそものバックボーンを整理してみましょう。そもそもユベントスFCと所属するイタリアサッカーリーグ・セリエAとは、どんなものなのでしょうか。
イタリア、そしてユベントスFCの没落
イタリアサッカーリーグ・セリエAは、90年初頭から2000年初頭まで、世界最高リーグと言われ、きらびやかな舞台と高額なギャランティーを求め、すべてのスター選手が目指す舞台となっていました。高額なスポンサー収入、サッカークラブの株式上場など、サッカーと経営の結びつきが加速していったのもこの頃でした。
しかし、そんな絶頂も終わりを迎えます。行きすぎた勝負至上主義からスタジアムでの差別、八百長、ドーピングなどが横行、さらにリーマンショックも追い打ちをかけ、リーグそのものパワーや信頼が失われていきました。
一方ユベントスFCですが、その強豪がひしめくリーグで優勝36回、ヨーロッパNo.1クラブを決めるチャンピオンズリーグでの優勝2回とその名声を欲しいままにしていました。クラブの伝統として、強く駆け引きのうまいディフェンダーと2.3人のスーパースターのひらめきで、“最小得点差で勝つ”という渋いチームでした。同時にそれは、常に勝ち続けなくてはいけないプレッシャーが生み出した伝統とも言えるでしょう。その結果、ユベントスFC自体もドーピングや審判の買収などが相次いで明るみに出て、勝ち点の剥奪により、2005年にクラブ史上初の2部降格を味わい、その名声が地に落ちました。2010年には122億円の赤字を抱えるまでになっていました。
その後、イタリアリーグ自体も冬の時代が訪れ、クラブの相次ぐ経営破綻、試合のエンタメ性の欠如などで人気が低下しました。実際に今では、若者にとってのプロサッカーリーグといえばイングランドプレミアリーグと言われる時代になっており、他リーグの成功を横目で見ることとなります。そこで動き出したのが、やはり盟主ユベントスでした。
コミュニケーションの形から変えるロゴマーク
2018年にインターブランド社が制作したロゴマークは驚きをもって迎え入れられました。「Black and White and More」と題した発表会にて初披露となりました。JUVENTUSのJをベースにしたシンプルなロゴマークは、従来のエンブレムとは大きく異なり、プロスポーツクラブというよりは、IT企業やエンターテインメント企業を思わせる、シャープで洗練されシンプルなものでした。しかしそこには、古き良きエンブレムの面影や白黒のストライプという伝統への配慮も見え、従来のファンにも納得ができるものだったのではないでしょうか。
ユベントスFCのジャンニ・アニエリ会長も「さらに成長するためには、ピッチ上で勝ち続けるだけでなく、我われの“言語”を新しいターゲットである子供たち、女性、そしてミレニアル世代に届くように進化させなければならない。ユベントスはもっとメインストリームに、メジャーな存在になりたい」とコメントしている通り、このロゴを通じて「ユベントス」ブランドを浸透させ、様々な商品・サービスを展開し、従来のサッカークラブとは異なる存在になろうとするビジョンが感じられます。ロゴの刷新からも、その思想のいくつかの戦略が見えてくると思います。
1.ポジショニング戦略 : 新しい層にファンになってもらう
ユベントスの最大の商品・サービスとはなんでしょうか? それはプロサッカーチームとしての強さに他なりません。その強さを軸にチームが勝ち得た知名度・ロイヤリティーを資産に、「ユベントス」ブランドとして様々な商品・サービスに転換することを狙っています。
これまでのサッカーファンが支えてくれていた、観戦チケット、テレビ放送権、ユニフォームの売上げ、これらは頭打ちになっており、近年のサッカークラブの収益の軸になっているテレビ放送権もプレミアリーグには遠く及びません。つまり、現在の市場がレッドオーシャンになっているということです。新しい市場を求め、若い世代やサッカーファン以外、未開拓の地域のファンを取り込んでいくためにサッカーチーム以上の存在になることが新しい企業戦略となっています。
サッカーだけでなく、食や音楽などのイベントを計画したり、エンターテインメント企業としてそのポジションを大きく変えようとしています。本拠地トリノにはホテル、ショップ、医療施設などが一つになった複合施設の計画も随時進行中です。サッカーに興味がない人も、どこかでタッチポイントがある、そんな開けた存在になろうとしています。
2.メディア戦略 : 認識してもらう
サッカー観戦が、昔のようにスタジアムやテレビの前だけで行うものではなくなってきています。小さなスマートフォンで試合結果や順位表をみることが明らかに増えてきています。従来のエンブレムではスマートフォンでは複雑すぎてわかりにくく、視認性が弱くなっていました。シンプルなロゴマークなら多チームのエンブレムが並ぶ時にもひときわ存在感を発揮でき、スマートフォンで視聴しているメイン層である若者にしっかり認知してもらうことができます。
つまり、狙ったターゲットとのコミュニケーションがとれるというわけです。海外のサッカーファンは、親子2代、3代に渡って同じサッカークラブを応援することも珍しくありません。つまり、若者を取り込めれば生涯のロイヤリティが見込めるため、若年層のファン獲得は大切となります。公式youtubeチャンネルでの発信にも力を入れており、サッカー界自体の若返りが急務だと感じていることがわかります。
3.デザイン戦略 : 購入してもらう
サッカーファンであれば元来のエンブレムに愛着を感じ、ユニフォームやマグカップなどのグッズを手元に置いておきたくなるでしょう。しかし、そのターゲットはコアなサッカーファンに止まってしまいます。フラットなデザインで多くの人にデザイン性を感じてもらえば、ユニフォームやフラッグはもちろん、ほかにも、スマートフォンケースやバッグ、アパレルなどの小物も、年齢・性別・性別を問わず使ってもらえるため、購入してもらいやすくなるでしょう。
このデザイン戦略に一番力を入れているように思えました。なぜなら、オリジナルのフォントまで開発しており、JUVENTUSの表記を見ただけでも、充分にそのブランドを感じられるものになっているからです。
現にストリートでサッカーユニフォームを着用している若者を見かけますが、多くはアパレルとコラボをしているパリサンジェルマンや若者にタッチポイントが多いプレミアリーグのクラブであるマンチェスターシティやチェルシーに軍配が上がります。個人的には、ユベントスのユニフォームの白黒の縦縞は視覚的に強く、合わせにくく、さらに胸には大きなエンブレムがついておりファッションとしては上級者向けかなという気がします。ここにオリジナルフォントのシャープさや新しいロゴが入れば少しはストリートファッションとしての認知度も上がるかもしれないと感じます。
サッカー界に波及するその流れ
さて、その効果はどうだったのでしょうか。新しいロゴの発表があった翌年から、コロナ禍が世界を襲いました。イタリアでもスタジアムの無観客試合や人数制限があり、収益はどこのクラブも思わしくない状況が続いており、残念ながらユベントスFCも以前ほどの利益を上げるには至っていません。
コロナ禍でエンタテインメント業界が動きを模索していた中、サッカー界も止まっているだけではありませんでした。ユベントスFCに続けと言わんばかりに、同じイタリア・セリエAの最大のライバル、インテルミラノも同様の動きを見せロゴをシンプルに刷新、地方の小クラブであるエラス・ヴェローナまでも同じ動きを見せているところは、マニアにはたまらないものがあります。
日本でも2021年にJリーグのガンバ大阪でも同様の動きが見られました。これがユベントスFCに追従する動きかどうかはわかりませんが、狙いとしてはやはり、ユベントスFCと同様にメディア戦略とデザイン戦略を明らかにしています。
人気スポーツであったがゆえに、保守的になっていたサッカー界にもブランディングの概念が一気に流れ込んできたという印象があります。マーケットが、世界規模になり、スマートフォンでサッカー以外に楽しいコンテンツをいつでも楽しめる時代、サッカー自体が自分たちのポジションを模索する時代になってきました。ユーザーとの新しいコミュニケーションを模索して今以上にワクワクするコンテンツを提供してもらいたいと一ファンとして強く願います。
コロナが晴れてイベントが解禁になった今、新しい音楽フェスにいってみたら「J」のロゴを見かけた、ということが日本でもあるかもしれません。ユベントスFCを身近に感じられる機会を楽しみに待ちたいと思います。強さとしたたかさだけでなく、親しみやすさ・間口の広さを加えたイタリアの貴婦人の新しいフィールドでの活躍に期待してしまいます。
ロゴマークの持つイメージ
ユベントスFCのロゴマークをみて皆さん何を感じるでしょうか。業態やターゲットなどを考えてポジショニングをし直したことが伝わるロゴマークになっているのではないでしょうか。ロゴマークは、企業の特徴や商品のコンセプトを視覚的に伝えるための手段です。ユーザーからすると、おそらく最初のタッチポイントがロゴマークであることも多いです。ロゴを見るだけで多くの人にその企業が掲げる理念や社会的意義まで理解してもらえることが理想でしょう。私たちも企業の成長の先を見つめ、10年、20年使えるロゴマークを目指してご提案しております。