“考古学的リサーチ“から生まれる建築家田根剛の「見たこともない建築」

2006年、エストニア国立博物館の国際的なデザインコンペで優勝し、一躍世界にその名を轟かせた建築家 田根剛さん。
かつて旧ソ連軍が使用していた滑走路から空へと続く美しいラインを描き、ネガティブな記憶を未来へ繫がるポジティブなものに生まれ変わらせた大胆な発想が注目を浴びました。
2020年の東京オリンピック招致に向けた新国立競技場のデザインコンペでもファイナリストに選ばれ、「宇宙船か、古墳か」と話題になったのは記憶に新しいところ。

〈新国立競技場案古墳スタジアム〉東京2012 image: courtesy of DGT.

フランスを拠点に、世界を股にかけて活躍されている田根さんの創作の原点とは。
現在、福岡のギャラリー三菱地所アルティアムにて、展覧会「田根剛|未来の記憶Archaeology of the Future-Image & Imagination」を開催中の田根さんにお話を伺いました。

そこにチャンスがあるから

―1200mもの軍用滑走路を取り込んだエストニア国立博物館や、古墳のような新国立競技場など、一見奇抜なようでありながら、その土地のルーツに基づいたデザインをされてますが、田根さんは建築デザインをされる際に、どのようなことを大切にされているのでしょうか。

田根さん 場所の記憶から未来を発想することを大切にしています。
プロジェクトの大小に関わらず、場所にまつわるさまざまなことを調べつくす“考古学的リサーチ”という作業を毎回プロジェクトごとに行っています。人の記憶は忘れたり変わっていきますが、場所の記憶は変わりません。
ひとつのキーワードから好奇心と想像力を働かせて、深く深く意味を探っていく大切な作業です。

田根さん ただ、リサーチしたものがダイレクトにデザインになるわけではないんです。リサーチをすることでこれまで知らなかったことがインプットされ、内なる衝動が高まっていく。そこでのひらめきや何を出すか、手を動かしながらつくっていきます。
ずっとスポーツをやっていたので、体を動かしながら考える癖が身についているのかもしれません。

―田根さんは学生時代、ユースチームに入るほど本格的にサッカーをされていたそうですが、そこからどのように建築の世界に入られたのでしょうか。

田根さん 大学付属の高校に通っていたのですが、その先に自分が何をやりたいかわからなくなった時に、その大学には北海道キャンパスがあると知りました。
東京で生まれ育ったから大自然への憧れがあったというか、そういった環境の中で4年間過ごしてこれからについて考えるのもいいなと、北海道にとても惹かれたんです。
北海道キャンパスには、芸術工学部の中にデザイン科と建築科があり、デザインも気にはなったんですが、建築にはその時の自分には計り知れないスケールの大きさを感じて興味を持ち、建築科を選びました。
当時はまだ建築については、「住むのは家で建築はビルなのかな」程度の認識しかありませんでしたが(笑)。
建築を学びはじめてその面白さにのめり込んでいきながら、交換留学制度を利用して20歳でスウェーデンに留学しました。

―大自然への憧れから北海道へ渡り、そこからさらにスウェーデンへ…!とてもアクティブに感じますが、不安などはなかったのでしょうか。

田根さん あまり深く考えていなくて(笑)。海外に行けるチャンスがあるから「行こう」と、そんなシンプルな動機で。
サッカー少年だったので英語は全然話せなかったんですが(笑)、やらざるを得ない状況の中で人と話したりしながら習得していきました。
北欧の成熟した文化や社会、人の営みに触れて、デザインや建築についてもっとここで学びたいと思い、大学を卒業するために一度日本に帰国後デンマークに渡りました。
デンマークからロンドンに移り、ロンドンの建築事務所で働いていた時に、エストニア国立博物館の国際的なデザインコンペを公募していると知り、参加したんです。博物館などの案件の公募はほとんどないので、これは良いチャンスだと。実はそれが初めてのコンペ参加でした。

場所の記憶が未来をつくる

〈エストニア国立博物館〉タルトゥ2006-16 photo: Propapanda / image courtesy of DGT.

―26歳という若さで優勝したことだけでも驚きですが、コンペ自体が初参加だったんですね…!“考古学的リサーチ”というスタイルはいつ頃から確立されていったのでしょうか。

田根さん エストニアのコンペに出た当時、滑走路を見つけた時に「これを使わない手はない」と直感的に感じました。それが思い切ったアイデアに変わり、そして受け入れられた。
その後独立して事務所を構え、これから世界の建築家と勝負しなくちゃいけないという時に、3〜4年かけて模索していきました。
新しいデザインや建築で未来を生もう、という感覚とはちょっと違う、滑走路というものから建築を生むことができたっていう、そこに先の未来があるんじゃないかと思えました。そこにしかない場所の記憶というものが未来をつくるのかもしれないと。
ちょうどその時、長野県松本市で開催された小澤征爾さんの音楽祭「サイトウキネン・フェスティバル・松本」の舞台装置を担当させて頂いたんですが、演奏者の方々が個々にリハーサル前のウォーミングアップをされている姿をみて、とても感銘を受けました。
自分はもともとスポーツをしていて、試合に向けて入念なウォームアップをするのが当たり前だったのに、設計は何も準備をしていないんじゃないか、ウォームアップをしないまま設計という本番に入ってしまってるのではないかと思ったんです。
そこで、徹底的なリサーチを経るプロセスを取り入れていきました。

“思い込む強さ”を支える膨大なリサーチ

―リサーチはいつもどのように行われているのでしょうか。

田根さん 例えば等々力でつくった家の場合、その地域には等々力渓谷が持っている「渓谷」の地形と、「等々力」という地名、まずふたつ全然違うものがあるんじゃないかと。
等々力がどんな場所だったのかを知っていく作業や、世界中にある渓谷とどう違うのか、谷間の環境があって、高いところと低いところと、そこに生えている植物は何で、その中でどんな人びとが暮らしているのか、その渓谷はどのように作られたのかを知っていく。

〈Todoroki House in Valley〉東京2017-18

田根さん お酒のボトルをつくるというプロジェクトの場合、お酒の容器の起源や製造の過程などについて、文献・言葉・インターネットを活用して調べていきます。
最初の原点に戻ることがとても大切だと思っていて、最初と最後がわかると間は想像ができるんです。そうして物事の最初をたどっていくと、大抵メソポタミア文明にたどり着く(笑)。
いま世の中にあるもののほとんどは、起源を辿ると、メソポタミア文明で既につくられていますからね。

―まさかここでメソポタミア文明が出てくるとは思いませんでした…!(笑)さまざまなキーワードから想像を広げて、どんどん深くリサーチをしていくと止まらなくなりそうです。

田根さん 大変さを知っているので取り掛かるまでは気が重いんですが、始めてしまうと楽しくて止まらなくなりますね。
ただ、リサーチが目的ではないので、いつもあらかじめ期限を決めて取り掛かっています。そうしてチームで調べ尽くしたことを貼り出して、それを眺めながら議論して、わかったような気になって(笑)。
じゃあこれを1回模型にしてみようと、こういうアイデアからこういうテーマで、と決めて、1人5案持ち寄ってプレゼンをします。

―チーム内コンペが行われるんですね。

田根さん リサーチの時にひとつだけルールがあって、近代建築以降のものは入れない、としています。古い民家や名もなき建築はOKなのですが、近代建築以降は僕らの教育の基礎の基礎なので、そんなの分かってこの場に居ろと。何をやりたいのかという目的がずれてしまうので。
膨大な情報量をそれだけの時間かけて詰め込んでいるので、あれがやりたいとかあのデザインが好きとかではなく、溜め込んだものから何を発露しようという、ひとつの衝動のような反応となって出てくるのが面白いんです。

―膨大なインプットをしているから溢れ出てきてしまうんですね。これまでになかったものは、常識や思い込みなどから解き放たれないと出てこないですもんね。

田根さん そうなんです。そこが大事だと思っていて、だから知り尽くしたり調べ尽くしたり。そして既成概念を外した時に何が残っているか、1000年後にはどうなっているか、どう感じるか。スケールや概念を変えてみるんです。
“正しいこと”はないんだとある種割り切っているので、一生懸命探して掘り当てて見つけたものから考える。これが建築になるのかな?でもなるのかもしれない、と思うとなりそうになってきて、なるんです。最終的に。思い込む力が強いほど伝えるエネルギーが強いと思うと、僕らはこれしかないんだ、“古墳”なんだって(笑)。
言い続けるための強さ、伝える力の強さは膨大なリサーチがあるからこそだと思いますね。

テーマは“Image & Imagination”

―昨年10月、東京オペラシティアートギャラリーとTOTOギャラリー・間の2箇所で自身初の個展を同時開催されていましたが、アルティアムで開催中の展示との違いはどういったものになりますか?

田根さん メインテーマは「未来の記憶」ということで3会場ともに変わらないのですが、館ごとに副題を付け、伝える内容や見せ方を変えました。
東京オペラシティアートギャラリーでは、発掘現場でどう建築するのかをテーマにした「Digging & Building」、TOTOギャラリー・間では知らないことを探る、実験や試行錯誤をテーマにした「Search & Research」。
今回アルティアムでは限られたスペースということと、以前とは異なる見せ方をしたいと思い、2つの展示からベストセレクションする形で、「Image & Imagination」をテーマに再編成しています。
徹底的なリサーチを再現したイメージの部屋、アイデアを形にしていく過程のプロジェクトの部屋、そして映像をプロジェクションした空間体験ができる部屋の3つから構成されています。

―最初のイメージの部屋に入った時は、あまりの情報量に田根さんの頭の中を覗いているような不思議な気持ちになりました。あの部屋は何についてリサーチした部屋なのでしょうか。

田根さん ここでは「記憶」について定義してみようと試みた部屋です。“場所の記憶の発掘”という意味で僕らはずっと「記憶」と言ってきたけれど、じゃあ「記憶」ってなんなんだろうと。人類において「記憶」がないと言葉も喋れないし行動もできないのに、脳科学的にもまだ解明されていないことが多いんです。
いま一度基本に立ち返る意味で僕らなりにテーマを持って調べてみよう、定義してみようとチャレンジしました。

―「記憶」について何か導き出されましたか?

田根さん 少しだけわかったのが、シンボルのような非常に象徴的なものが「記憶」の原点にあるんじゃないかということですね。
あとは記号という文字や数字、それを繋いでいくプログラムでコーディングがあったり、文法があったり。その一方でそれを消す行為として暗号があって、それを見せない行為すらもすべて「記憶」の力で成り立っているんじゃないか、と考えたりしました。

想像を超えたい

―3つの部屋を通して、リサーチでの知識の蓄積から、試行錯誤を繰り返してアイデアを形にしていき、建築が完成する、という一連のプロセスを追体験しているように感じました。

田根さん 今回の副題で“imagination”と言っているのは、最終的に想像を超えたいと思っているんです。イメージの部屋には宇宙の話もあればバクテリアの話もあり、人類の歴史や神話もあります。
そして人類がそれぞれ構築してきた、イメージしてきたたくさんの記憶を、僕らが想像力を使って乗り越えようとするのが、次の部屋の試行錯誤しているプロジェクトのシリーズであり、最終的に出来上がったものを映像として体験する。
限られたスペースであんなに濃密な体験ができる場所は、おそらく福岡ではここだけじゃないかと思います。

今回の展示に限らず、展覧会はいまの時代を伝えようと表現しているものなので、どんな展示でもコンサートでも、気になるものには是非足を運んで観に行ってほしいなと思います。
好奇心と想像力を持って観れば受け取るもの感じるものも変わるので、観たものを自分の中に留めず読み解いて議論して、感じたものを次にどう繋げるか好奇心を持って観て欲しいですね。

―最後に、田根さんにとって建築の魅力・面白さについて教えていただけますでしょうか。

田根さん 建築の魅力は、“人が中に入れる”ということですね。
人類が作り続けているものの中で、それは建築以外にはないことですよね。そこには様々な叡智が宿り、精神が形になり、職人の誇りや力が物に宿り、クライアントの夢が形になる。
国を動かそうとする人の力、ものをつくる手の力だったり、最新のテクノロジーを使う技術の力だったり、色々な分野の人と仕事をするので面白いです。王様にも会えたり(笑)。
想像以上のことが起こり得るので、良い仕事だなと思います。一生飽きないと思いますね。
 

田根さんの創作のプロセスを追体験できる展示は、いよいよ3月10日(日)まで。“建築の展示”という枠を超えた濃密な体験をしに、ぜひ足を運んでみてくださいね。