すべてのものから学び続ける、浅野藝術株式会社のものづくり
店舗デザインの専門誌「月刊 商店建築」にもたびたび登場されている、設計士でありデザイナーでもある浅野藝術株式会社代表取締役 浅野雅晴さん。
設計やデザインにおいては独学という驚きのルーツや、つくりだすものに込めた思い、今後の展望についてお話を伺いました。
家具職人から建築設計へ
―もともと家具職人をされていて、そこから建築設計に転向されたきっかけはなんだったのでしょうか。
浅野 木工房で家具職人として働いている頃、よく知り合いや友人にこれつくってと頼まれて、いくつか家具をつくって納品をしていたんです。そうしているうちに、この家具はどういう空間に置かれたらより映えるのか、どういう使い方をするのかを見届けたい、と考えるようになりました。
自分のつくった家具が置かれる空間をしっかり考えたいという思いが出てきて、それが家具職人から建築設計に転向した一番のきっかけです。
―なぜ家具職人になろうと思われたのでしょうか?
浅野 20歳くらいの頃、小さなアパレル会社で働いていたんですが、木などの材料を買ってきて、店長と一緒にお店の什器を製作していました。それが結構楽しくて、やっぱり自分はモノづくりするほうが向いているんだと思い始め、アパレル会社を辞めて家具の工房に移り、3年半くらい家具職人を経験しました。
―アパレルから家具職人、そして建築設計へと移られたんですね。職人から設計は、変わろうとしてすぐ変われるものではない気がするのですが、どのようにキャリアチェンジをされたんですか?
浅野 たまたま高校生の時に大工のアルバイトをやっていて、卒業後もたびたびお手伝いに呼んでいただいて関わっていたので、少し大工経験がありました。それとは別に、20歳くらいの頃から知り合いの方々と一緒に内装工事をしていた経験もあったので、少しずつ手探りで覚えながらキャリアチェンジができたように思います。
自然と培われた独自のスタイル
―なるほど。これまでの経験がすべて活きているんですね。
浅野 そうですね。設計事務所やアトリエに入っていたわけではないので、建築設計をはじめてからは、手を動かしながら覚えていきました。図面を描くためにCADを覚え、現場の職人の方々を通じてさまざまなことを学んでいきました。
はじめた当初は、お客様の要望を形にすることしかできなかったのですが、試行錯誤しながらいろいろと携わらせていただくうちに、デザインするにあたってコンセプトをつくりプロセスを考え、より意味があるものをつくっていきたいという風に考えが変わってきて、自分のスタイルが徐々に形成されてきたように感じます。
きっとデザインの師匠がいたり設計事務所に入っていたら、また違ったスタイルになっていたと思うのですが、私はすべてを独学で学んでいったので、自分のスタイルを確立する上で、その経験が逆に良かったのかもしれません。
―しっかりしたスタイルを持っていらっしゃるなと作品を見て感じていたのですが、浅野さんのスタイルはそうして形成されていったんですね。
浅野 私はデザイン以外に音楽・アート・アウトドアも好きで、さまざまなところに足を運び体感します。自分の目に入り気になった事柄すべてを一旦行動するようにしているんです。
やってみて自分に合うか合わないかで、残すものと残さないものを選んでやってきたのですが、その好奇心旺盛さが良かったのか、いろいろな体験を吸収しデザインや設計にアウトプットできているように感じます。
―「山には定期的に行こうと思う」とブログに書かれていましたが、山に特にこだわられる理由はなんですか?
浅野 20代後半より年1回は必ず県内外の標高の高い山へ行っています。去年は富山県の剣岳に行ってきました。ハードな山を自分の足で登りながら見る景色はきついながらも、その場でしか体感できないことの連続です。
冬にはスキーやスノーボードの際にリフトから眺める雪山の景色も、普段の山登りと違って面白いんです。特に雪山の場合は光の屈折やなかなか見れない現象も多くて、その中で感じることも多々あります。
山だけでなく、海に泳ぎに行き、素潜りもします。私にとって自然に触れることはすごく大事だと思います。自然に触れていると五感が磨かれ、五感が磨かれることによって第六感も磨かれるんじゃないかと考えていてます。アウトドアが好きな理由はそこにある気がします。
社会に貢献したいという思い
―2012年から建築設計と平行してプロダクトを始められていますが、プロダクトを始めようと思われたきっかけはなんだったのでしょうか?
浅野 家具から空間へ興味を持ち、実際に空間や建築を手掛けていくうちに、細部の小物まで含めてトータルで設計できるような事務所でありたいと思ったんです。もっと深く言ってしまうと、地元に貢献したいという思いもあります。
例えば、家具の産地である大川は、さまざまな問題で工場がなくなっていく現状があります。自分たちの頼むものは量が少ないかもしれませんが、そこでプロダクトの生産をすることにより、地場産業の活性化の一助になればと思っています。
―社会に対しての意識を強く持たれているんですね。
浅野 そうですね。地元が北九州なのですが、北九州ももともと工業で発達していた街が衰退し、商業が衰退し、その結果北九州全体がどんどん過疎化・高齢化してきているので、そんな地元を自分たちが持つ力で少しずつ変えていくきっかけをつくりたい気持ちと重なっているのかもしれません。
縁を大切にという思いを込めた「eNproduct」
―プロダクトのブランド名「eNproduct」の由来はなんですか?
浅野 「eNproduct」というブランド名は、草冠の“苑”と“縁”の2つから来ています。いま自分の置かれている環境や育ってきた環境、ご依頼いただくお仕事も含め、“縁”をすごく感じていて、プロダクトをつくるにあたり地元の活性化を図りたいという思いも込めて名前をつけています。
―プロダクトを拝見して、クオリティが高いのに、お値段がお手頃なので驚きました。
浅野 eNproductをはじめてから数年経って気づきましたが、はじめの頃の商品は価格設定を間違ったと思っています(笑)プロダクトなどの小物に関しては今までしたことのないジャンルでした。パッケージや値段のつけ方も手探りでやってきました。
eNproductは、「ありそうでないもの」というのを軸に提案していて、はじめは空間からの派生で商品が生まれることが多かったのですが、最近ではお客様とのコミュニケーションの中でふとアイディアを思いつくことも多々あります。
2012年から毎年東京の展示会に出ているので、お客様のニーズを聞く機会が増えてきて、世の中にこういうものがあったら面白いんじゃないかとか、こんなものをつくって欲しいとか、お客様とのやり取りの中で感じるニーズの変化が面白いです。
ひとつの素材に着目し2~3個製品をつくったら次の素材やシリーズに変えるよう意識していて、2012年の頃は木を用いた「木」シリーズをつくっていたんですが、今は銅や真鍮のコースターというような、「金属」シリーズをつくっています。来年はテーマを変えて新たな商品を提案します。
次なる展開
―2013年に「浅野デザイン事務所」から「浅野藝術株式会社」に社名を変えて、法人格にされたんですよね。
浅野 藝術の“藝”という字を解くと、「種を蒔いて育てる」「育む」という意味が含まれているんです。将来的に衣食住全般を会社の中でやっていきたいという思いを込めて「浅野藝術株式会社」に変えました。「何の会社ですか?」とはよく聞かれますが(笑)
衣食住すべてに携わることで、いままでに見えなかった部分が見えたり、自身で体感しないとわからないことなどが多々あります。それらを自社ですることにより、他にはない弊社だけのオリジナルのスタイルが出来上がっていきます。
また地域の人たちともよりいろいろな交流が持て、さらなる情報交換ができるような場が生まれていくと、より生活が豊かになると思います。
次の展開としては「食」の提案を考えています。「食」からの派生で、くつろぎの場やプロダクトを販売する場をつくり、地域とのコミュニティをつくっていきたいです。
食は人間の生活において絶対に必要なものなので、そこに携わるというのは、自分の中でとても重要な意味があるのではないかなと考えています。
日々観察する心を育てる
―最後になりますが、学生さんやこれから何かになりたいという人たちに向けて、何かメッセージを頂けますでしょうか。
浅野 自分が経験してきたことしか言えないんですけど、いろいろな体験をすることが大事だなと思います。私が先輩からよく言われていたのは、「お金がなくても、旨いものを食べろ」ということでした。
食は人間の基本的なことです。だからこそ重要な要素が多々あります。趣向をこらしたものを食べると良い器に入っていたり、お店によっては所作が綺麗で…そういったところは建物や店内の装飾やPOPなどにひとつの筋を感じます。そういったひとつひとつをどう感じるか、ということが大事だと思うんです。
ものづくりをしている人間は、観察力・洞察力がすごく大事です。クライアントから諸条件を聞き組み立てするのも、まずは相手とじっくり対話し聞き取りしていく上で、言葉にないこと以上を感じとる・汲みとる力を育てることです。
外で食事をしたり、買い物をするときに街を歩きながら、身近な環境でいかにその観察力・洞察力を磨いていくかだと思っています。お金をかけなくても勉強できる環境は身近に沢山あります。常日頃自分の生活において観察する心を育てていくということを、若い人たちにはぜひやってみて欲しいと思います。
―少しの工夫ですべてのものから学ぶことができる、ということですね。素晴らしいメッセージをありがとうございました!
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