欧文書体の基本的な歴史と知識から学ぶこと。ローマン体編

前回こちらの記事で、サンセリフ体の基本的な歴史と知識について紹介しました。今回はサンセリフ体より歴史が古いローマン体についてです。サンセリフ体同様にさまざまな場所で使用されており、わたしたちになじみ深い書体です。

ローマン体とは

ローマン体の一番の特徴はセリフ(serif)と呼ばれる文字のストロークの端に「うろこ」のような装飾があることです。そのことから、“セリフ体”とも呼ばれています。

また、セリフ体の特徴の一つであるストロークの端にあるうろこ状の形状は、ノミで石に文字を彫った跡が起源とされています。石彫の代表的な存在として、ローマン体の起源といわれているイタリアの“トラヤヌス帝の碑文”があります。

トラヤヌス帝の碑文

トラヤヌス帝の碑文

トラヤヌス帝の碑文は文字の完成度が高く、当時存在してたアルファベットのキャラクターのうち約8割がこの碑文で使われていたといわれています。そこに刻まれた大文字はその後の活字書体に多大な影響を与えることとなります。この碑文の文字を元に作られた書体がTrajan(トレイジャン)です。

trajan

Trajan(トレイジャン)は格式が高く伝統的な印象を与えるため、Titanic(タイタニック)など多くの映画のタイトルに使用されています。小文字がないので、見出しやロゴに使用するのに向いています。

セリフの種類

他の種類の書体とローマン体の違いを見分けるときに判断しやすいのがセリフの形状です。セリフは形状によって名称があり区別することができ、セリフの違いを認識することで書体が作られた時代や書体それぞれが持つ雰囲気を理解しやすくなります。

ローマン体の種類

ローマン体の発展は石彫から始まり、人文主義者による手書き文字、そして活版印刷の登場により大きな発展を遂げていきます。

ローマン体技術発展の流れ

ローマン体は技術の発展にともない何種類かに分類をすることができ、ここでは大きくヴェネチアン・ローマン、オールド・ローマン、トランジショナル・ローマン、モダン・ローマンと4種類に分類をして紹介したいと思います。

セリフの種類、ローマン体の種類

ヴェネチアン・ローマン

ヴェネチアン・ローマンは、15世紀後半のルネサンス時期にイタリアのヴェネチアで誕生した活字書体のことです。その当時使われていた中世のブラック・レター体を人文主義者がキリスト教の権威を感じさせると使用を避け、ブラック・レター体が誕生する以前のギリシアやローマ時代に着目し手書き文字を元に活字書体を作りました。

それは、ブラック・レター体からローマン体へ移行する過渡期だったためプレ・ローマン体といわれています。

Nicola Jenson

Nicolas Jenson 引用元:POP

その後、ヴェネチアで最初の印刷所を設立したドイツ人のスピラ兄弟やフランス人のニコラ・ジェンソンにより人文主義者の手書き文字を元にヴェネチアン・ローマンが誕生します。

ニコラ・ジェンソンが生み出した書体は、文字と文字の間の余白を広く取り文字全体が整えられたため、ブラック・レター体より視認性が高いものでした。この頃のセリフの特徴としては主にブラケットセリフになっています。

ヴェネチアン・ローマンの代表的な書体としては、アメリカのブック・デザイナー、アルバート・ブルース・ロジャースが復刻したCentaur(セントール)や、Adobeのタイプデザインチームが復刻したAdobe Jenson(アドビ・ジェンソン)があげられます。

Adode jenson Pro

Adobe Jenson Pro(アドビジェンソンプロ)は、ロバート・スリムバック(Adobe社の主任タイプ・デザイナー)がニコラ・ジェンソンのローマン体を元に制作した書体です。

Centaur

Centaur(セントール)は、アメリカの有名なブックデザイナーであるブルース・ロジャースが、ニコラ・ジェンソンのローマン体を元に制作した書体です。

オールド・ローマン

オールド・ローマンは、ヴェネチアン・ローマンが誕生してから20数年後ヴェネチアにあるアルダス・マヌティウスの工房で誕生した活字書体のことです。15世紀後半から18世紀にかけてイタリア、フランス、オランダ、そして最後にイギリスへ広まっていきます。

フランスでは当時のルネサンスにより芸術や文学など文化活動が盛んに行われており、その影響を受けオールド・ローマンはより洗練され優雅なものへと変化していきます。その代表がフランス人の活字鋳造業者であったクロード・ギャラモンが制作したギャラモン活字です。

Garamond

Garamond 引用元:Rodrigo Galindez

そして、オールド・ローマンはオランダに渡り“ダッチ・オールド・ローマン”と呼ばれ、より力強い無骨な様相へと変化していきます。そして、最後にオールド・ローマンはイギリスへと渡り、ウィリアム・キャズロンにより当時のオランダの印象が残るオールド・ローマンが洗練された形で完成します。

オールド・ローマンはその地域ごとの影響を受け発展を遂げていきました。オールド・ローマンの代表的な書体としてGaramond(ギャラモン)Palatino(パラティーノ)があります。

adobe-garamond

Garamond(ギャラモン)は長い歴史の中でさまざまな種類が生まれており、その種類は1000種類を超えるともいわれています。Appleの広告キャンペーンで使用されていたことでも有名です。可読性に優れているので、見出しや本文どちらでも使いやすい書体です。

palatino

Palatino(パラティーノ)は、1950年にドイツの書体デザイナーとして有名なヘルマン・ツァップが制作した書体です。骨格が太くしっかりしているので、見出しで使うと力強い印象を与えることができます。

トランジショナル・ローマン

トランジショナル・ローマンは、オールド・ローマンからモダン・ローマンまでの過渡期の書体のことをいいます。オールド・ローマンが完結したのはイギリスですが、その書体はオランダの影響が残っているままでした。

そこから抜け出しイギリス独自の活字書体を作り上げたのが、ジョン・バスカーヴィルです。ジョン・バスカーヴィルが作り出した書体はオールド・ローマンの様子を残しながら、モダン・ローマンのようなコントラストの強い骨格を持っているのが特徴です。セリフもヘアラインセリフに近づいていきます。

トランジショナル・ローマンの代表的な書体として、Baskerville(バスカヴィル)Times New Roman(タイムズ・ニュー・ローマン)があります。

baskervile

Baskerville(バスカヴィル)はイギリスのジョン・バスカヴィルが作成した書体です。伝統的な印象を持つトランジショナル・ローマンであり、イギリスを代表する書体のひとつです。モダン・ローマン体の要素である細いセリフを持っているため、気品を感じさせる書体です。

times-new-roman

Times New Roman(タイムズ・ニュー・ローマン)は、イギリスのタイムズ紙が1932年に新聞用の書体として制作した書体です。可読性にすぐれているため、長文に適した書体といえます。

モダン・ローマン

モダン・ローマンは、18世紀後半にトランジショナル・ローマンが現れたすぐ後に、イタリアとフランスで誕生した活字書体のことです。

モダン・ローマンの特徴としてはストロークの太さの差が大きく、ヘアラインセリフを持ったモダンで繊細な装いにあります。これは、当時の印刷技術や活字製造の技術の向上により実現することができたといわれています。

モダン・ローマンの代表的な書体としては、フランス人のフェルミン・ディドによってつくられたDidot(ディド)やイタリアのジャンバティスタ・ボドニによってつくられたBodoni(ボドニ)があげられます。

そして、モダン・ローマン体は19世紀から20世紀にかけイギリスでスコッチ・ローマンとして発展し、アメリカへと渡り広く認知され使用されることとなります。

didot

Didot(ディド)は、細いところは細く、太いところは太く、繊細で女性的な雰囲気をだすことが出来るため、VOGUEHarper’s BAZAARなど多くのラグジュアリー系の有名ファッション誌やブランドで使用されています。ヘアラインセリフなので小さいフォントサイズだと潰れてしまうため、主に見出しで使用するのに向いている書体です。

bodoni

Bodoni(ボドニ)は、Didot(ディド)より縦横のコントラストが強すぎず、セリフが控えめで上品な印象です。セリフが控えめなので、見出しだけでなく本文にも使用できる書体です。

歴史を知ることで

時代や地域の影響を強くうけ、ローマン体は現在の姿に変化していきました。歴史の流れを追って見ていくと、時代背景を反映してそれぞれ書体の細部の表現が変わっていることがわかります。

わたし自身、今回書体に関する歴史を調べたことで、なぜローマン体には分類があるのか、なぜセリフの形状が違うのかなど、あいまいだった部分がわかり書体の意図が汲み取りやすくなりました。みなさんも書体をつかう機会があれば、ぜひその書体の歴史を調べてからつかってみてください。

 

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参考文献

・組版工学研究会編 2003年 欧文書体百花事典 朗文堂・グラフィック社編集部編 2015年 タイポグラフィ08 書体の選び方・組み方・見せ方 グラフィック社

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