欧文書体の基本的な歴史と知識から学ぶことサンセリフ体編
日々の生活のなかにあたり前に存在している文字ですが、何気なく見る看板やポスターにはさまざまな書体が使われています。欧文書体にはたくさんの種類がありますが、つくられた時代やその形状によって大きくサンセリフ体、セリフ体、ブラックレター体、スクリプト体に分類することができます。
SWINGSでは欧文書体の基本的な知識について、シリーズ化をして紹介していきます。今回は日常生活でも見かけるサンセリフ体についてです。
サンセリフ体とは
“サン(sans)”とは、フランス語で「~のない」という意味を持ちます。つまりサンセリフ体とはセリフのない書体を表します。(セリフとは文字の端にある「うろこ」のような装飾のことをいい、セリフがあるものはセリフ体、またはローマン体と呼ばれています。)
サンセリフ体の特徴は、セリフがないということに加え、すべてのストロークが均一な線状の太さ、または幾何学的な円形や四角形に見えるようにデザインされているところにあります。
歴史を知る
19世紀初頭、産業革命の影響をうけてさまざまな印刷用の書体が誕生します。
まず、縦横のコントラストが極端にあり、モダン・ローマン体の変型と言われている“ファット・フェイス体”、次いで、縦横のコントラストがほぼないスラブ・セリフをもった“エジプシャン体”、最後にセリフをもたないサンセリフ体が誕生します。これらの書体は、主にポスターやチラシなどといった商業目的のディスプレイ用の活字書体として使われ始めたといわれています。
時代のニーズにあわせて発展するサンセリフ体ですが、まずはその歴史について簡単に説明したいと思います。
サンセリフ体のはじまり
19世紀にイギリスで生まれたサンセリフ体ですが、当時は人目を引く黒みの強い書体や凝ったデザインの書体が流行していたため、見出し用の書体として使われる程度でした。それゆえ、誘目性を重視し開発が進められ、19世紀半ばまでに世界中でさまざまなウェイトと文字幅で展開されることになります。
サンセリフ体のはじまりは、1816年にウィリアムス・キャズロン四世によって発表された、“2ラインズ・イングリッシュ・エジプシャン”といわれています。キャズロン四世はセリフのない書体をエジプシャン体の変型と考えていたようです。そのため、サンセリフ体の起源はエジプシャン体の変型、または19世紀のドイツで「ステイン・スクリフト(石の文字)」と呼んでいたことからギリシャの石碑文に起源をもつともいわれています。
そして、1830年代からサンセリフ体は本格的に使用されることとなります。
19世紀を代表する、サンセリフ体としては、1898年にドイツでつくられたAkzidenz Grotesk(アクチデンツ・グロテスク)や、それに影響を受けつくられたといわれているFranklinGothic(フランクリン・ゴシック)があります。
1920~30年代
イギリスでは、1926年にエドワード・ジョンストンによってロンドン鉄道局の地下鉄のサイン用としてつくられたJohnston Underground(ジョンストン・アンダーグランド)や、1928年にはジョンストンの弟子で碑文彫刻家で芸術家のエリック・ギルによりつくり出されたGill Sans(ギル・サン)が誕生します。
これらは当時のイギリスで興ったアーツ・アンド・クラフト運動の影響をうけ生まれた書体で、これらの書体が登場するまでは、産業革命によって氾濫していた書体が無秩序につかわれていたといわれています。
一方ドイツでは、バウハウスの影響で幾何学的な書体が多くつくられました。1927年にはパウル・レンナーにより、Futura(フーツラ)がデザインされ、同年にはルドルフ・コッホによりKabel(カーベル)が発表されています。どちらの書体も、当時の近代化された時代精神を反映した書体とされ評価されました。
1940~60年代
デザインやタイポグラフィーの急速な近代化が進み、スイス・スタイルが生まれ、20世紀初頭のサンセリフ体がリバイバルされた時代です。1957年には世界で最も有名な書体と言われているHelvetica(ヘルベチカ)や、アドリアン・フルティガーがデザインしたUnivers(ユニバース)がつくり出されました。
この時代はデザイナーの社会的な地位が確立されたこともあり、サンセリフ体はデザイナーに使用され求められることにより発展を遂げていきます。
1960~1980年代
誘目性を重視しつくられ使用されてきたサンセリフ体ですが、可読性を求めつくられていくことになります。その代表的な書体としてアドリアン・フルティガーによって生み出された、空港のサイン用の書体であるFrutiger(フルティガー)があります。
近年よく使われるサンセリフ体
最近勢いのあるサンセリフ体は、視認性や可読性を重視してつくられたものが多く、代表的な書体としてVialog(ビアローグ)やOfficina Sans(オフィシーナ・サンズ)があげられます。Vialog(ビアローグ)は、ミュンヘン市交通システムのサイン用システムとして開発された書体で、日本の高速道路の標識にも採用されています。
Officina Sans(オフィシーナ・サンズ)はドイツの書体デザイナーであるエリック・シュピーカーマンによって作られた書体で、レーザープリンターなどの解像度の低い印刷でも読みやすいように作られた書体です。
簡単にサンセリフ体の歴史について説明しましたが、 時代が変化するとともに、書体も人々に求められ変化していったことがわかります。
分類・種類を知る
さらに、サンセリフ体への理解を深めるためここからはサンセリフ体の分類とその代表的な種類について説明したいと思います。サンセリフ体は大きくグロテスク、ヒューマニスト、ジオメトリックとサンセリフ体のなかで分類することができます。
グロテスク・サンセリフ
最も歴史が古く、無骨な印象をあたえるサンセリフ体です。以下は、グロテスク・サンセリフに分類される代表的な書体です。
FranklinGothic(フランクリン・ゴシック)
ドイツでつくられたAkzidenz Grotesk(アクチデンツ・グロテスク)に影響を受け、1902年に作られた書体です。当時の時代を表すような荒削りで力強い雰囲気をもった書体です。
DIN(ディン)
1930年代にドイツの工業規格として生まれた書体です。そのため、元々はドイツの高速道路やマンホールなどに使用されていましたが、近年は世界中で大流行しいろいろな場所で使われています。
DIN(ディン)はさまざまなフォントブランドによって制作されており、FF DINやPF DINなど、種類が多いことでも有名です。そのため、フォントブランドによってデザインや価格は違います。上の画像で使われている書体はDIN Next(ディンネクスト)といい、日本を代表する書体デザイナーである小林章さんが制作に携わり、開発されました。
Helvetica(ヘルベチカ)
1957年にスイスで生まれた書体です。Helvetica(ヘルベチカ)とはラテン語で「スイスの」という意味をもっています。
世界でもっとも使用されている書体ともいわれており、公共機関から有名企業のロゴまで世界中で使われています。Helvetica(ヘルベチカ)は、長年人びとを魅了し愛されている書体のひとつですが、熱狂的なファンが多いことでも有名です。
Helvetica(ヘルベチカ)を使っている有名なロゴとしては、BMW、MUJI、TOYOTAなどが上げられます。2007年には、Helvetica(ヘルベチカ)がなぜ世界中でもっとも有名な書体なのかその謎に迫るドキュメンタリー映画も制作されています。
Univers(ユニバース)
1957年にスイスの書体デザイナーであるアドリアン・フルティガーが制作した書体です。
フルティガーは統一感のあるフォントファミリーを制作するため、このUnivers(ユニバース)で、ウェイトとスタイルを示す2桁のナンバリングシステムを導入しました。左側の数字はウェイトを示しており、3が最も細く9が最も太いことを表します。そして、右側の数字は幅を示しており、数字が大きくなるほど文字幅は狭くなります。例えば、Univers55はRoman、Univers65はBoldを表します。
ヒューマニスト・サンセリフ
ローマン体の骨格を持つ、人間味のあるサンセリフ体です。以下は、ヒューマニス・サンセリフに分類される代表的な書体です。
Gill Sans(ギル・サン)
1928年にイギリスの有名な芸術家であるエリック・ギルによって制作されました。伝統的な雰囲気を感じさせながら、モダンさを含んだあたたかみのある書体です。
Optima(オプティマ)
1958年に、ドイツの書体でデザイナーであるヘルマン・ツァップによって制作された書体です。サンセリフ体に分類されておりますが、Optima(オプティマ)は縦と横の線の太さが異なるためローマン体を意識してつくられたとも言われています。
Frutiger(フルティガー)
1960年代にUnivers(ユニバース)を制作したアドリアン・フルティガーが制作した書体です。フランスのシャルル・ド・ゴール空港の案内標識として作られました。
そのため、Frutiger(フルティガー)はカウンタースペース(ふところ)が広くとられており、視認性が高く、遠くから見てもつぶれて見えず読みやすいのが特徴です。
ジオメトリック・サンセリフ
幾何学的な骨格をしているサンセリフ体です。以下は、ジオメトリック・サンセリフに分類される代表的な書体です。
Futura(フーツラ)
1927年に、ドイツの書体デザイナーであるパウル・レナーが制作したFutura(フーツラ)。
直線と円で構成されており、近代的で幾何学的な印象を持っています。LOUIS VUITTONやHewlett Packardのロゴに使用されていることでも有名です。futuraとはラテン語で「未来」を意味しています。
Avenir(アベニール)
1988年にUnivers(ユニバース)、Frutiger(フルティガー)を作り出したアドリアン・フルティガーが制作した書体です。Futura(フーツラ)に似た、近代的で幾何学的な要素を持っていますが、よりやわらい印象をあたえる書体です。2004年には小林章さんによりリメイクされた、Avenir Next(アベニールネクスト)が発売されています。
知識をもとに
今回は、サンセリフ体の基本的な歴史と分類について紹介しました。
歴史の流れや分類を理解することで、デザインの目的にあった書体を選びやすくなり、デザインで書体を使うさいになぜこの書体にしたのか説得力が増します。
みなさんも気になる書体があればその成り立ちを調べてみてはいかがでしょうか。
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ブランディングについて | ブランコ株式会社
参考文献
・グラフィック社編集部編 2015年 タイポグラフィ08 書体の選び方・組み方・見せ方 グラフィック社
・組版工学研究会編 2003年 欧文書体百花事典 朗文堂
・小林 章著 2011年 フォントのふしぎ ブランドのロゴはなぜ高そうに見えるのか? 美術出版社