Bulanco Inc.
捨てられない贈りものと、毎日使う鍵。愛着があるのはどっち?

捨てられない贈りものと、毎日使う鍵。愛着があるのはどっち?

貰ったまま、一度も使っていない贈りもの。毎日持ち歩いているのに、好きかと聞かれると答えに詰まる鍵や腕時計。長く手元にあるものの中には、好きかどうか考えたこともないものが、意外と多くあります。

私はこれまで、長年手元にあるものには、それなりの愛着があるのだと思っていました。何年も一緒に過ごしているのなら、自然と愛着が湧いているはずだと。

ですが、2つの展示を知って、必ずしもそうではないと考えるようになりました。愛着は、所持した年数ではなく、そのものとの過ごし方によって育まれていくようなのです。

長くあっても、向き合われていない贈りもの

イギリスのシェフィールド・ハラム大学で、ジュエリー作家で研究者のJulia Keyteさんが始めた研究プロジェクトがあります。テーマは、貰っても嬉しくないのに、贈り主への義理や罪悪感から捨てられずにいる贈りもの。Keyteさんはそうした贈りものを、天国に入る前の清めの場である煉獄になぞらえて「Objects in Purgatory」(煉獄にあるもの)と呼んでいます。

大学で開かれた展示には、そうした贈りものが持ち寄られました。例えば、父親から貰った、山羊に乗った婦人の置物。家族はみんな不気味だと思っているのに、リビングの暖炉の上に飾られています。定期的に訪ねてくる父親が、そのたびに置物のことを聞いてくるからです。投稿には、父が亡くなったら棺に一緒に入れて送り出すつもりだ、という本音まで添えられていました。

別の参加者が寄せたのは、仕事相手から贈られたガラスのカボチャです。相手の立場を考えると処分できず、家とガレージの間の、普段目につかない部屋で保管されていました。

どちらも長年家にあり、飾る場所や保管場所まで考えられています。しかし、その時向き合っている相手は贈り主で、そのもの自体ではありません。

展示で自分の贈りものについて語った参加者は、ユーモアを交えながら晴れ晴れとしていたそうです。他の人の話を聞いて、家にある贈りものを誰かに譲ろうと考える人もいました。語ることも、人の話を聞くことも、そのもの自体と向き合う、初めての機会だったのかもしれません。

この展示には、もう1つ仕掛けがありました。贈りものの話を寄せた参加者は、返礼として手製のブローチを1つ選び、持ち帰ることができたのです。紙と蝋で作られたブローチには、他の参加者が寄せた贈りものの写真が収められています。参加者は写真にまつわる話を聞きながら、自分と重なるものを選んでいったそうです。ガラスのカボチャの持ち主が選んだのは、同僚から贈られて困っていたという、天使の置物のブローチでした。見知らぬ誰かのいらない贈りものも、その話と向き合うことで、自分で選んだ1つになったのです。

ものの側から、向き合うきっかけをつくる

1つ目が、語ることで関係が動いた例だとすれば、デンマーク・デザイン・ミュージアムの展覧会『Belongings: Affection as a Design Strategy』は、向き合う時間そのものを、ものの側から用意しようとする試みです。

参加条件は、普段使っている私物を1つ持参すること。特別な宝物である必要はなく、腕時計や鍵、靴、ぬいぐるみで構いません。会場の台座に置くと、柔らかな光に照らされたものが、AIによって声と人格を与えられ、持ち主に語り掛けてきます。

一緒に過ごした時間をどう思っているか。自分のことを考えると、何を思い出すか。普段は道具として使用するだけのものに、自分との時間を問われる。思えば私たちは、ものについて、そのように振り返る機会をほとんど持っていません。

そこで交わされた会話は、デジタルアーカイブに記録されています。子どもに寄り添ってきたおしゃぶり。毎日の出入りをともにしてきた鍵。祖父が牧場で初めて被らせてくれた帽子。どれもありふれた品ですが、対話しているうちに、積み重なった時間が言葉となって現れます。何気なく使っていたものも、改めて向き合う時間を持つと、ただの道具ではなくなっていく。展示が用意していたのは、その時間でした。

愛着は、向き合った時間で育つ

2つの展示を並べてみると、愛着が何によって育つのかが少し見えてきます。棚の奥の贈りものは、長年家にありながら、もの自体とは向き合われてきませんでした。一方で、ブローチの話や、声を与えられた日用品のように、向き合うきっかけがあると、ものとの関係は動き出します。手放す方へ動くこともあれば、再び大切にする方向へ動くこともある。

年数は、ものと過ごした時間を収める器のような存在なのかもしれません。器が大きくても、中身が空なら愛着は育たない。長く持っているから好きなのではなく、向き合ってきたから好きになる。愛着は、そうして育まれていくもののように思います。

これは、ものを作る側にとっても大切な視点です。愛着は、ものが完成した時点で備わっているものではなく、使い手が向き合う中で徐々に育まれていくものなのでしょう。作り手にできるのは、使いたくなる、手入れしたくなる、誰かに話したくなる余地を残しておくことなのかもしれません。

 

参考資料

 

RELATED SERVICES

Related Posts

Tomoka