皆さんは、Apple Storeを出たあと、自分が少し新しくなった気がしたことはありませんか。何かを買ったわけではなくても、入る前より少し背筋が伸びている。自分自身がアップグレードされたような感覚です。
理由としてまず思い浮かぶのは、製品でしょう。最新のiPhoneやMacに触れれば、気分が上がるのは自然なことです。
ただ、それだけでは説明しきれない場面があります。たとえば修理です。私も壊れたiPhoneを持ってApple Storeに行ったことがあります。予定外の、どちらかといえば気の重い用事でした。それなのに、帰るときには不思議と気分がよかったのです。
新しい製品を見に来たわけではない日にも、あの感覚は起きる。だとすれば、その正体は製品以外のところにもありそうです。
ほかの店では、私たちはお客さんになる
比べるために、ほかの店を思い浮かべてみます。
携帯ショップで手続きや修理の相談をするときは、番号札を受け取り、椅子に座り、自分のスマホを眺めながら呼ばれるのを待ちます。待合スペースは順番が来るまでの場所で、それ以上の意味はあまりありません。
家電量販店では、製品の横に価格のPOPやスペック表が並び、私たちは候補を見比べて、どれを買うかを決める人になります。
どちらが悪いという話ではありません。手続きを確実に進めることも、選びやすいように情報を並べることも、大切なサービスです。ただ、そこでの私たちの立場は、入ってから出るまでずっとお客さんのままです。店と自分の間には、カウンター1枚ぶんの距離があります。
Apple Storeは、来た人をお客さんの位置にとどめない
Apple Storeの店内を思い浮かべると、ほかの店にあるものがいくつか見当たらないことに気づきます。
ひとつはレジカウンターです。Apple Storeでは、店員さんが手元の端末で会計を済ませることが多く、レジがずらりと並ぶ光景はあまり見かけません。カウンターは、店とお客さんを分ける線でもあります。その線がないので、店員さんとお客さんは同じフロアで、横に並んで話すことになります。
もうひとつは、売り込みの気配です。Apple Storeの店舗づくりを率いたロン・ジョンソン氏は、店舗を立ち上げた当時、販売スタッフを歩合制にせず、売ることより相手に必要なものを見つけることを重視したそうです。店員さんがフランクで楽しそうに見えるのは、個人の人柄だけでなく、こうした仕組みによるところも大きいのでしょう。売らなければいけない人と話すとき、私たちは身構えます。そうでない相手となら、同じものが好きな人同士のように話せます。
そして、待つ場所の考え方です。Appleは2016年、店舗を単なる売り場ではなく、誰でも招かれる町の広場のような場所にするという方針を打ち出しました。修理などのサポートを受ける場所も、席を増やし、不安を抱えた人が落ち着けるゆったりした空間に変えています。大きな映像の前では、ワークショップやイベントも開かれます。
修理を待つ人は、番号を呼ばれるまで隅で待たされるのではなく、製品を触る人や映像と同じ空間で過ごすことになります。私が修理を待つ時間に退屈しなかったのも、偶然ではなかったのだと思います。
アップグレードされているのは、私たちの立場
レジがない、売り込まれない、待つ場所が広場になっている。一つひとつは小さな違いです。でも、どれも同じ方向を向いています。来た人をお客さんの位置に置かないことです。
人は、どう扱われるかによって、自分がその場で何者なのかを感じ取ります。カウンター越しに番号で呼ばれれば手続きを待つ人になり、価格の比較表を前にすれば選ぶ人になる。Apple Storeでは、そのどちらの役割も強く求められません。代わりに、製品を楽しんでいる人たちと同じ空間で、同じ温度で過ごすことになります。
それは、製品を使いこなしている未来の自分を、店の中で少しだけ先に体験することでもあります。アップグレードされているのは、製品ではなく、私たちの立場なのだと思います。お客さんから、この世界にいる一人へ。何も買わずに店を出ても少し新しくなった気がするのは、店の中でその立場を一度体験してきたからです。
自分のつくるものは、相手を誰として迎えているか
この見方は、店づくりに限らず、デザインの仕事にも重ねられそうです。
デザインやポートフォリオ、お店やサービスも、来てくれた人をどこかの立場に置いています。どれだけ整った見た目で迎えても、相手が眺めるだけで終わってしまうなら、それはショーウィンドウ越しに見てもらっている状態に近いのかもしれません。
ブランドの体験は、何を見せるかだけでなく、相手を誰として迎えるかにも表れるのだと思います。次にどこかの店で居心地がいいと感じたとき、その理由は、製品や内装だけではないのかもしれません。




