「現代のすべてがインスピレーションの源。伝統に“いま”を取り入れるサラブレッド人形師の豊かな感性」



福岡の夏のはじまりを告げるお祭り、「博多祇園山笠」。

2017年、五番山笠「土居流(どいながれ)」の舁(か)き山人形制作を21年間務めた実の父親・中村信喬(しんきょう)さんの跡を継ぎ、中村人形四代目人形師 中村弘峰(ひろみね)さんは、31歳という若さで山笠デビューをしました。

近年では現代のモチーフを用いた山笠も増える中、「一致団結」をテーマに中村さんが選んだ題材は、源頼光による大江山酒呑童子(しゅてんどうじ・鬼)退治の物語「決戦大江山」。 

平成二十九年 五番山笠 土居流 標題「決戦大江山」

モチーフ選びのセンスもさることながら、成敗され無念さ溢れる鬼のリアルな表情、舁き山だけでなく小物を効果的に用いて統一的に表現したことでも注目を浴びました。

伝統的な技術を大切にしながら、現代の要素も大胆に取り入れる。予想の斜め上をいく作品を発表し続ける中村さんの考える人形の魅力とは。福岡では初開催となった個展会場にて、中村さんにお話を伺ってきました。

常に新しいことを

ーー昨年、2ヶ月かけて制作された山笠の舁き山人形ですが、酒呑童子が鬼に変身する場面は扇子、戦の場面は手ぬぐい、退治した場面は舁き山…と、小物を効果的に用いてストーリーを表現されていたのがとても印象的でした。

中村 土居流をパッケージ化したかったんです。こんなことを言うと偉い人に怒られそうですが(笑)。山笠の下絵を描いたらそれをそのまま扇子と手ぬぐいのデザインにするのが普通ですが、せっかく楽しめるのにそれだともったいないな、と思ったんです。古い祭りだけどなんでも新しいことができるんだ、っていう気持ちがありました。



平成二十九年 土居流手ぬぐい


中村 土居流の現在の“しきたり”で、7年に1回他の人形師の方にお願いする方が決まっているので今年の制作はお休みなのですが、来年からの6年は、何か問題がなければ(笑)、また僕が担当させていただくことになっています。

ーー中村人形4代目という肩書きを背負って、また、伝統あるお祭りの舁き山人形制作という大役を引き受けて、プレッシャーを感じたりはされないのでしょうか。

中村 そうですね。一瞬あるんですけど、「あーめんどくさい!」って言って、それで終わります(笑)。過去を振り返っても全部のことに対してフルスイングしてきたので、ハードルがあることは嫌いじゃないんです。何でもそうですが、通り抜けたら意外とと大したことないじゃないですか。恐怖は「知らないこと」からくると思っているので、何かハードルが来ても、「またひとつ怖いことが減るな」という感じでやっています。



ーーなんてポジティブ…!何事も楽しんで取り組まれているんですね。

中村 楽しいですね、生きることが。「中村人形の4代目」と言っても、名前を踏襲するわけでもなく、ルールがあるわけでもないんです。それぞれが自由に表現しつくりたいものをつくっています。自由だから楽しいんでしょうね。僕は同じものを大量につくる単純作業が苦手で、常に新しいことをしていたいんです。


現代を楽しむための視点

ーー新しいこと、というと、具体的にはどのようなことを心がけていらっしゃるのでしょうか。

中村 僕の作品にはある設定があって。江戸時代の人形師にすごく憧れがあるのですが、その人が現代にタイムスリップしてきたら何を面白いと思うか…という視点で着想を得ています。

例えばこの木彫木目込み(きぼりきめこみ)の人形たちは、全部洋犬をモデルにしています。江戸時代にはいなかった生き物、なかった文化なんです。スポーツもそうですよね。え?健康のために走る…?みたいな(笑)。昔の人は生きるのに必死なので、現代では当たり前になってしまっていることを不思議に感じると思うんです。

ーー現代のすべてがインスピレーションの源になるということですね。確かに今日たくさんの作品を拝見して、伝統的な人形はもちろん、スポーツ選手やスニーカーといったさまざまなモチーフがセレクトされていて、伝統と現代のMIXがお上手だなと感じました。その設定に至ったきっかけは何かあったのでしょうか。

中村 パリが舞台で過去に憧れている男の人が主人公の「ミッドナイト・イン・パリ」という映画ですね。主人公がタイムスリップをして憧れてた時代の人に会うんですが、その人たちはさらに過去に憧れていて、ずっと憧れを遡ってキリがないんです。現代を面白いと思えないと、いまを生きている意味がないんじゃないか、とその映画を観て強く感じたんです。

江戸時代から来たという設定は、現代を面白く思える方法なんですよね。いまiPhoneは当たり前にあるものになってしまっているけど、ちょっと昔から考えたらすごいアイテムじゃないですか。現代をめちゃ楽しみたいんですよね。スポーツもこういう風に表現したら新鮮に見えるし、スポーツの意味も考えたくなるし、現代についてもっと考えたくなると思うんですよ。インスピレーションを現代に持ってきたかったから、その設定が必要だったんでしょうね、僕には。



得意なのは線

ーー中村さんが人形師を志したのは、いつ頃からなのでしょうか。


中村 保育園の卒園文集で、すでに「大きくなったら人形師になる」と書いていました。学校から帰ると、彩色や原型をつくっているお弟子さんたちの横に座ってマンガを読んでいるような日常だったので、人形づくりが身近すぎて、ほかの選択肢が頭になかったんでしょうね。僕は勉強や運動は好きじゃないけど、絵は褒めてもらえたんです。父の仕事を間近で見ていて、お絵描きで楽しく暮らしていけるならこんなに良い仕事ないなって、子どもの頃はよく思っていました。

中村 僕の作品は3Dの立体物なんですが、絵の延長で2Dと思ってつくっています。360度楽しめる“絵”というか。正面から見た“絵”、横から見た“絵”、ななめ後ろから見た“絵”。どこから見ても綺麗な輪郭線になるようこだわってつくっています。

風神雷神


ーーなるほど、お絵描きの楽しさというところから人形師に入ってきてるから、“絵”がベースなんですね。

中村 友人たちにも作品を見れば僕がつくったと分かる、とよく言われます。それは多分線の質なんです。僕自身が形マニアというのもあると思うんですが、例えば動物の作品だったら本物の動物たちからいいラインを抽出して、デフォルメしてつくる。その線を抽出するのが好きだし、得意です。あとタイトル付けも好きですね(笑)。


“いま”を楽しむということ

ーー先ほど「人形を通して各々が自由に表現をする」というお話がありましたが、中村さんが人形を通して表現したいことはどういったことなのでしょうか。

中村 一番最初の人形は土偶なんです。多分。災いがそっちにいくようにって、呪術的な意味で身代わりとして使われてきました。いまなお伝統として残っているお雛様や五月人形も、生まれた赤ちゃんにすくすくと健康に育って欲しいという、祈りのような気持ちを体現したようなものですよね。



中村 昔でいう桃太郎や秀吉といったヒーローは現代では誰だろう…と考えた時に、野球の大谷選手やフィギュアスケートの羽生選手かなと思うんです。ビッグになって欲しいとか、たくましくなって欲しいと子どもをスポーツチームに入れたりしますよね。かつて五月人形の兜に込められた“祈り”は、現代ではスポーツに置き換わっているんじゃないかと。いまも昔も、親が子に思うこと、夢を託したり成長を願ったりということは変わらないんです。

一見トリッキーに見える人形をつくることで、そういった人間の普遍性や、日本人が大切にしていること、人間ってなんだろうという問い、そういったものが作品から出てくるんじゃないかと思っています。

俊足萬郎

ーー深いですね…!

中村 表面を面白くして、一見浅そうだけど実はズバーーンと奥深くつくっておいて、うわーかわいいって僕の作品を買ってくれた人が何かでぼくのインタビューとか読んで、そんなに深い意味があったの?!って衝撃を受けるみたいな(笑)、そんな作品をつくりたいですね。

本来、同じ時代の人をつくりその時代を記述することが人形師の仕事だったのかなと思うんです。それが伝統でずっと続いてくると、時代だけ先に進んでしまって、ものは変わらずに昔のまま受け継がれて人形だけが取り残されてしまっているなと感じるんです。

だから僕は現代を残していこうと。150年後には僕の作品も古典になるじゃないですか。“いま”を人形で表すというのが人形師の本来の仕事なら、過去に憧れ続けるんじゃなくて、“いま”が楽しいんだということを、言いたいですよね、やっぱり。

中村さんが制作した博多祇園山笠 土居流の人形「決戦大江山」は、福岡空港国際線到着ターミナルに先日設置されたばかり。福岡の玄関口で、到着した人を力強く迎え入れてくれる存在になりそうです。

伝統にとらわれない斬新な作風で、常に新しい挑戦をし続ける中村さんの今後に、ぜひご注目ください。






中村人形四代目 中村弘峰
1986年 福岡県生まれ。東京芸術大の大学院修士課程を修了した2011年より、人形師の父 中村信喬さんに師事。数々のグループ展への参加や、東京に続き福岡でも個展を開催。受賞歴多数。
https://www.hiromine-nakamura.jp/