Adobe Illustratorの自作スクリプトを公開し続ける株式会社三階ラボのスタンス

作業の効率化をはかるために「Adobe Illustrator」の様々なスクリプトをつくっては、それを広く公開し続けている株式会社三階ラボ。デザイナーならこの社名に聞き覚えのある方は多いのではないでしょうか。

グラフィックデザイン、UIデザイン、ロゴデザイン、モーショングラフィックデザインなど幅広い分野で活躍されている、株式会社三階ラボの代表取締役デザイナー長藤 寛和さんに、なぜ便利なスクリプトを無料で公開し続けてくれているのか、Illustratorへのこだわりについてなど、気になるあれこれをお伺いさせていただきました。

仕事の効率化をするためのスクリプト

―三階ラボのサイトにて、自作された便利なスクリプトを数多く公開されていますが、スクリプトをつくり始めたきっかけについて教えて頂けますでしょうか

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長藤 実務で面倒だなと思ったことを、スクリプトでどうにか解決しようとしたのがきっかけですね。

ある日アイコンを900個位つくるお仕事を頂いたんです。Illustrator上に1個1個のアイコンを配置してつくるんですが、標準で付いているスライス機能では個別に書きだすのが面倒な上に、PCが重くなってしまうんです。

そのやり方ではできない、そしてアートボードは100個までしかつくれないので、じゃあどうしようかという時に、三階ラボのもうひとりのメンバーである宮澤が、1個1個のオブジェクトをスライスしたように画像に書き出すというスクリプトを開発してくれました。

宮澤が頑張って色々なスクリプトをつくってくれたおかげで、いまIllustrator作業の8割はスクリプト制御で行っています。実際公開しているスクリプトは、宮澤がつくってくれたものの半分くらいです。

―ご自身のためにつくられたものを、誰にでも使えるように公開してくださっているのが非常にありがたいです。

アートボード書き出しスクリプト

アートボード書き出しスクリプト

長藤 なぜ無料で公開しているかというと、デザイナーをされている方は作業の効率化という部分にはあまりお金を払ってくれないので、課金にしたら限られた人にしか使ってもらえないだろうなということ、課金システムにすることも、サポートをすることも面倒だなと思ったというのが本音です。

ただ、無料公開ばかりでもいけないと思うので、いま開発中の便利なスライス機能は課金で提供しようかなと考えています。

―AdobeがApp Storeのように、ワンクリックで気軽にダウンロードできるようなスクリプトのマーケットをつくってくれたら良いですね。弊社からもそこは強く要望したいです。(笑) 実際、スクリプトを公開されていることで三階ラボにはどんなメリットがあるのでしょうか。

アートボードを画像化し、ドキュメントに配置して埋め込むスクリプト

アートボードを画像化し、ドキュメントに配置して埋め込むスクリプト

長藤 会社の名前が有名になるくらいですかね。あとはたくさんの人に使ってもらえて嬉しい、というのもメリットですね。思ったよりもIllustratorのカスタマイズを熱心にやっている人は多くないので、もっと僕らみたいな変態が増えると良いなとは思っています。(笑)

Illustratorにこだわる理由

―三階ラボではUIデザイン、グラフィックデザイン、映像…と幅広くお仕事をされていらっしゃいますが、お仕事のジャンルによってご自身の中でのスイッチの切り替えなどはされているのでしょうか。

長藤 あまり意識をしたことはないです。僕にとってはすべて同じ“デザイン”という一括りですね。

デザインを考えるときは毎回紙にデザインスケッチをして、その次のステップはIllustratorでデザインをするという決まった流れがあるので、お仕事の案件が紙であってもWebのUIであっても、特にスイッチの切り替えはないですね。

シドニアの騎士 プライマリーデザイン/オリジナルフォントデザイン

シドニアの騎士 プライマリーデザイン/オリジナルフォントデザイン

例えばフォントにするときは「Glyphs(グリフ)」というアプリを使ったり、テレビ関係の時はPSD納品なのでPhotoshopというように、デザインした後のアウトプットが変わるだけで、ベースのデザインは全てIllustratorで行っています。

―そこまでIllustratorにこだわられている理由は何でしょうか。

長藤 画像が劣化することなく大きさを自由に変えることができるベクターデータだからですね。

ロゴマークは、ベクターデータ納品が必須ですし、例えばUIデザインを300倍にして書き出したい時も簡単に対応することができます。映像の場合、僕はFlashを使っているので、ベクターデータじゃないとコピー&ペーストができません。ですので、基本的にはベクターベースで全部作業を行っています。最近は「Sketch(スケッチ)」を使用することもあります。

―長藤さんから見て、Sketchはいかがですか。

長藤 すごく良いですね。Sketchは今のところWebとモバイルUIデザインの専用ツールですが、CYMKに対応して印刷系の機能が追加されたら、今後使う機会も増えるかもしれないですね。

―もしIllustratorの他に良いソフトがあれば、今後乗り換えることもありますか。

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長藤 そうですね。理想を言えば、自分でIllustratorじゃないアプリをつくりたいです。これまでもAdobeにIllustratorの機能についての要望を出したことがありますが、その機能がまだ搭載されていなかったりして、まだ理想のアプリ像にはなっていないので、それなら自分でつくりたいなと思っています。夢物語なので、具体的には何も考えていないですが。(笑)

ご予算以上のものを提供したい

―長藤さんがデザインを始められたきっかけは何だったのでしょうか。

長藤 昔からロゴマークのデザインを考えるのが好きで、高校生の時には学校のシンボルマークや、友だちのお父さんの会社のロゴマークをつくって採用されたりもしていました。実は未だにそのマークが使われているみたいです。(笑)

高校は普通の学校だったので、デザインの勉強をしていたわけでもなく、ただつくりたくてつくっていた感じでした。

―以前、三階ラボでデザインされたロゴマークのマニュアルがSNSで話題になっていましたよね。

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長藤 「MOBILE AND DESIGN」という会社様のロゴマニュアルですね。このロゴマークは、社名にもある“モバイル”をキーワードに、持ち運べるものってなんだろうというテーマをクライアントとディスカッションして、おにぎりモチーフを採用しました。

―しかもおにぎりを2つ並べると“M”になりますね!あ、オチを先に言ってしまってすみません…。

長藤 そうです!気づいて貰えて良かったです。(笑) ロゴマニュアルはここまでやらないといけないという決まりがあるわけではないので、基本的なことは押さえつつも、せっかくなので面白い感じにしたいと思っています。

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例えばロゴマークのボツ案を入れてみたり、最小のビットマップで表現した例を入れてみたり、角丸の数値を入れてみたり…ほかのロゴマニュアルでは見たことがないようなものを入れてみたかったんです。(笑) 細かい数値なども記載して、やろうと思えばイチからロゴマークを再現できる状態までつくっています。

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―ロゴマークデザインのプロセスまでマニュアルで見ることができるのは、とても面白いです!スクリプトの公開にしてもこのロゴマニュアルに関しても、やらなくても良いところまであえて踏み込んでやっていくというスタンスが素晴らしいですね。

長藤 せっかくお仕事を頂くのであれば、そのご予算以上のものを上乗せして提供したいという気持ちがあります。その方が相手も喜んでくれますもんね。

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※ロゴ制作の過程についてと全ロゴマニュアルは、MOBILE AND DESIGNのブログにて公開されています。

デザインの取り組み方

―ロゴマークをつくる際は、いつもどんな点にこだわられているんでしょうか。

長藤 紙にとにかくいっぱい描く、ということですね。1回のご依頼で200個くらいデザインラフを描いていると思います。

いつも朝は事務所に向かう前に喫茶店でひと仕事をする習慣があるのですが、紙のスケッチはそのタイミングで、紙が埋まるまで帰らない、というような自分ルールを設定してやっています。

―ロゴマークデザインの発想をふくらませていく際、ご自身なりの決まった進め方などはあるのでしょうか。

長藤 ありますね。最初にシンプルなものからスタートして、細いものを描いたから次は太いものをというように、どんどん枝分かれさせてデザインをしていきます。もちろん、手を動かしていたらなんとなく形ができる時もあったりするので、紙に描いている段階では自由にいくらでもデザインができる気がします。

―システマチックにデザインされていくんですね。アイディアが次々と出てくるように、何か普段から意識してされていることはありますか。

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長藤 アイディアが勝手にぽんぽん浮かんでくることはまずないので、日頃からネットサーフィンをしたり、RSSリーダーなどを使って情報収集をしています。悩んで悩んで、アイディアやデザインをひねり出すのが好きです。

挑戦してみたいこと

―今後三階ラボで挑戦してみたいお仕事はありますでしょうか。

長藤 例えばATMの画面デザインや、扇風機・リモコンといったプロダクトやそのアイコンデザインなど、業務用のお仕事をしてみたいですね。

UIばかりつくっているイメージが強いようなんですけれども、ロゴもやりたいし映像もやりたいし…とにかくお仕事を頂ければ何でもやりたいです!(笑)

―本日のインタビューではお仕事の話をしていても、気が付くとIllustratorの話に戻ってしまうのが印象的でした。(笑)

長藤 恐らくあまりデザインの話をするのが得意じゃないんです。デザインの正解はひとつじゃないですよね。色々なコンセプトがあって色々な方向性があるので、デザインに関してはそれぞれで良いと思うんです。

でも、スクリプトや効率化の話はどんなデザイナーでも通じる話なので、そっちの話をする方が好きですね。

―確かにそうですね。最後にSWINGSを見てくださっている方に何かひと言お願いできますでしょうか。

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長藤 皆さんどんどん三階ラボのスクリプトを使ってください!そしてIllustratorについて議論ができる仲間が増えたら嬉しいです。

―今後もどんなスクリプトを公開していただけるのかとても楽しみにしています。本日はどうもありがとうございました!

仕組みや効率化について考えることが楽しくてたまらないという様子が、長藤さんのお話の端々から伝わって来ました。

常に期待以上のクオリティと効率化を追求する株式会社三階ラボから、今後も目が離せません!

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